大町温泉郷

大町温泉郷とは

高瀬渓谷の葛温泉から大町の平地部まで引湯して、大町を湯の町にしようとする計画が構想されたのは昭和3年のことで、現在の大町温泉郷に引湯が実現したのは昭和38年のことです。引湯の歴史は、実に35年の歳月を要し、個人と自治体、自治体と企業の不調和、自治体内の政治問題と幾重にも重なる苦渋の歴史を刻んでいます。昭和30年に関西電力黒四発電所建設工事の資材輸送基地が大町に決まり、33年に大町から黒部峡谷まで最短距離で結ぶ資材輸送ルート(いわゆる大町ルート)が貫通しました。これを期に温泉街整備の機運が一気に高まり、大町ルートに接していて広範な土地が取得出来る場所として、現在の場所に温泉街整備が始まりました。

39年11月に最初のホテルが開業し、昭和46年のアルペンルート全面開通と前後して多くのホテル、旅館が開業し、黒部ダム(立山黒部アルペンルート)の長野県側玄関口として発展してまいりました。こうした比較的新しい温泉地であることから、通常の日本の自然発生的温泉地とは異なり、1施設当たりの平均敷地面積として約7,000平方メートルが確保されています。敷地には緑が多く残されており密集したイメージは全くなく、計画的に造成された新興の温泉団地で、エリア全体では約40haの広さを誇ります。大町温泉郷では、この素晴らしい自然環境の保全と、その環境に相応しい景観形成を図ることを目的に自治会、観光協会が合同して「鹿島川下流域の景観形成に関する協定」を結んで、自主規制による環境整備に取り組んでいます。

「光風歳月 大町温泉郷三十年史」、「大町市史 第5巻 民俗・観光」より

大町温泉郷の源泉

大町温泉郷の源泉は高瀬渓谷にある葛温泉から引湯されています。その葛温泉の開湯は18世紀後半頃ではないかと言われています。市内に残されている古文書によると「安永年間(1772~1780)には葛温泉が開湯され、木屋・湯屋2か所を建てて入湯客の便を図っていて、入湯人もかなりあったが、享和年中(1801~1803)の大洪水で流失してしまった。このため、仮設の木屋、湯屋を作ってその場をしのいでいたが、入湯人が一向に来ないので、再開発をするために松本藩に25両、10年賦で貸してほしい。」との記録が残っています。
現在、葛温泉の4本の源泉を集湯槽で一つに集め、そこから約7.5km下流側の上原分湯槽で大町温泉郷をはじめ、木崎湖温泉、日向山団地、高瀬団地などに配湯されています。上原分湯槽から1.7km下流側の大町温泉郷内には350tの貯湯タンクが整備されていて、そこから温泉郷内のホテル、旅館に温泉が送られています。

温泉の泉質
源泉名高瀬の湯、湯元1号、平成の湯、新第2源泉
泉 質単純温泉(弱アルカリ性低張性高温泉)
泉 温66.3度
一般的適応症神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、うちみ、くじき、慢性消化器病、痔疾、冷え性、病後回復期、疲労回復、健康増進
一般的禁忌症急性疾患(特に熱のある場合)、活動性の結核、悪性腫瘍、重い心臓病、呼吸不全、腎不全、出血性疾患、妊娠中(特に初期と末期)
浴用の注意事項※次の疾患については、原則として高温浴(42度以上)を禁忌とする。
 高度の動脈硬化症、高血圧症、心臓病

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